八ッ場ダムと書いて「やんば」ダムと読む。群馬に根をおろして2年目、このごろよく耳目するようになったこの巨大ダム開発問題、その現地に行ってみることにした。前橋で地図を入手。17号から渋川へ。そこから沼田方面と離れて榛名の裾野を回り込むように進むのである。
東町、吾妻町と、なかなか風光明媚ないいところである。役所で地図やパンフレットを入手。驚いたことに、ダム建設側が周辺のハイキングガイドを作っている。役所の担当者のしゃべりの雰囲気ではすでに「ダム建設はゴーサインが出ていている。もう白紙撤回されることはない」を確信している風に受け止められる。その八ツ場ダムのダムサイトは「吾妻渓谷」の上部につくられる。ハイキングガイドを参考に白糸の滝まで歩いてみた。上毛カルタに「耶馬渓しのぐ吾妻渓」と詠まれたこの渓谷も、ダムができればズタズタになるだろう(白糸の滝は付近は水没する)。
その後、川原湯温泉の温泉街に入り込んでみる。途中に「王湯」という共同浴場を見つけた(300円と安い)。帳場のおばさんに「ダムができたらここも沈んじゃうの?」と聞いてみると、やっぱり沈むんだそうである(新しい温泉街がダム湖の上につくられるらしい)。湯は掛け流しで熱い。男湯は熱過ぎて湯温を下げるまで大変だった。硫黄の香りのする湯質はすばらしい。後に知ったが源頼朝が狩の旅で発見したという由来なのだった。
春霞で浅間もぼんやりしている。軽井沢から佐久に抜け、十石峠から上野村に入る。が、途中から通行止めで北沢方面の林道に迂回して下りることになる。さて、今日の本命は「上野ダム」だった。アオバトの声も聞けるといいなと思った。北沢にはシオジの原生林があるという。これはいずれじっくり見にいくことにしよう。
上野ダムは揚水発電のダムで、その工事の規模はとてつもなく大掛かりなものである。かつての黒部や銀山平のような派手さはないが、県境を越えて地下トンネルを掘り、長野県側にもダム造って、その間を水路でつなぎ、水が上下することで発電するのだから、地下工事は膨大な仕事量になると推測できる。工事用に大型トラックが交互通行できるトンネルがいくつも完成している。
揚水発電とは? 現在、電力のピークは夏の昼間クーラーが全開になるときだ。しかし、この規模にあわせて発電施設をつくるとムダが多い。電力は水のように貯めておくことができないから、電気の使用量の少ない夜などは、余分な発電をしていることになる。そこで、このときに余った電気でモーターを回して、上部のダムまで水を上げておく。そして、電力のピークのときに一気に水を落とし発電量を増やす。
なんだか、合理的でいて、バカバカしいような話であるが実際、千曲川上流の南相木川のダムと、ここ神流川上流のダムとで、有効貯水量1,267万立方メートルという水が、県境を越えて昼夜往復することになるのである。その電気は山肌をはしる送電線によって都会へ送られる。上野村はこれで財政的には潤い過疎を逃れ、秋葉原電気街の萌オタクや原宿表参道ヒルズのお姉さんたちが、その垂れ流し電気を享受する、というわけか。
真っ昼間に天井いっぱいに煌々と明かりをつけ、間接照明でオシャレ空間を演出し、冷暖房や空調全開で電気をめいっぱい使っている大型郊外店の存在。かつて電気を使い始めた当初は、もちろん夜間のほうが電気の使用量は多かったのである。それが今では逆転しているのは、このような商業形態の影響も大きいのではなかろうか。
僕は揚水機の巨大スクリューに粉々に砕け散るアブラハヤの稚魚だとかトンボのヤゴなどを想像してしまうのである。そしてその災いは、かならずや人に降り掛かってくるであろうことも……。ツツジは咲いていたが、アオバトの鳴き声は聞こえなかった。
八ツ場ダムは半世紀にわたる反対運動で知られるが、この上野ダムには狼煙は上がらなかったのであろうか? やるせないブルーな気分で帰還。