長老なき世界、茹で落花生、アジの三杯


今日は町内の清掃日で朝から神社の掃除に参加した。瀬戸内の神社らしく境内にはウバメガシが多い。その伸び過ぎた枝を伐ったり、落ち葉を掃いて燃やしたりする仕事である。私はといえば、社寺林内の枝拾いに精を出し、「この枝を貰って帰って囲炉裏で燃やそうか」などと考えつつ、数カ所にまとめ置きしておいたのだが、もちろん貰ってはこなかった。話がややこしくなるのを避けたいからである(笑)。

ここでは落ち葉も小枝ももはや単なるゴミでしかない。ただ燃やしてしまうか、軽トラで運んで捨てにいくのだ。かつてそれらを資源として使い暮らしていた長老たちは、すでにこの世にいない。次の団塊の世代の老人たちは、精神的にも肉体的にも物理的にも、自然暮らしの知識はかつての長老たちに比べて数段落ちる。

掃除の間にこんな話を立ち聞きした。放置された田んぼを若い息子が再び再生したいのだが、父親にやり方を聞いてもその父親はもう詳しいやり方を知らないというのだ。

そんなわけで若い人たちはインターネットで情報を得ようとするが、ネットの情報は個人的に偏ったものか、どこからか拾ってきたコピー&ペーストのくり返しなのであって、自分で汗を流さねば得られない濃密な部分が欠落していることが多い。

地べたを這いつくばるような修行と、長老たちに寄り添うことで深い知識を学んでいく・・・そんなプロセスがずっと続いて伝統を育んでいたはずなのだが、もはやそんな流れは消えてしまったのである。

でも、真剣に学ぼうとする意欲ある新世代の人たちはいるし、また精神世界で言うところのインディゴチルドレンのような、最初から特殊能力を兼ね備えた若い人たちが私の周りにもけっこういて、だから絶望しているわけでは決してない。

朝から汗を流したついでに、散会の後、自分の畑の落花生の中の草取りをした。

ビフォー。

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遅い種まき、シナモントースト


朝、ブログ2本アップしてから仕事。昼前にGomyoの打ち合わせにN先生来訪。その後、午後もパソコンにかじりついて仕事を続けていたのだが、N先生から「ダイコンの種まき、まだ間に合いますよ」と聞いた言葉がアタマの中で発火して、3時過ぎに突然畑に出る。

先日、通路部は刈っておいたのだが、相変わらずトマトの支柱は台風で傾いたときのまま、カボチャのつるも錯綜し、その間から様々な雑草が吹き出している。こぼれ種で大きくなったシソの株もやたらと旺盛だ。

ともあれ雑草を刈りながら、トマトの支柱を片付け、トマトやカボチャ、シソの株を抜いて畝の土を露出させる。そのその刈り取った大量の雑草を傍らに運ぶとたちまち新しい小山ができる。その後、ノコギリガマで雑草の根を抜いたり切ったりする。バロンがひさしぶりに外で働く私を見て、喜んで走り回っている。

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フジバカマ、オリーブ豚、スギの枝


讃岐は秋祭り、獅子舞の季節だ。私の住む町でも太鼓と笛の音が聞こえていたが、車で移動中、各所ではっぴ姿の獅子舞集団に出会うのだった。四国住まい7年目の私の中で、獅子舞の太鼓と笛の音は季節の風物詩になっている。

Gomyo倶楽部の定例活動から戻って、その作業着のまま畑の草刈りを少しする。かなり放置してしまい、通路にエノコログサがびっしりと生えてしまった。フジバカマがこんな大きな株に成長した。

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