台風豪雨で無傷だった中洞牧場


7月の九州北部豪雨の印象がまだ尾を引いて、もう忘れられているかもしれないが、昨年の8月30日夕刻に岩手県大船渡市付近に上陸した台風10号は、岩手県内だけで死者・行方不明者23人という犠牲を出し、多数の土砂崩壊を発生させた。

8/28日付『河北新報』の社説「台風10号から1年/治山こそが治水の基本だ」というタイトルで、その様子と今後のことが書かれている。その中に中洞牧場のことが載っているので紹介したい。

この台風、岩泉町の小本(おもと)川流域では、大量の流木が橋桁に引っ掛かって流れをせき止め、土石流が周辺集落を襲った。岩手大学工学部の調査では、岩泉町の山間部では土石流や斜面崩壊が1,000カ所以上発生し、「保水性の低い表層土が雨水を蓄えきれず土砂崩れが起きた」と見解を発表している。

1年が経過した現在、被災地では砂防ダム16基の建設が進んでいるという。渓流1本当たり砂防ダム1基を整備する計画だそうだ。しかし、これは対処療法でしかなく、大元である森林の荒廃をなんとかするのが先決なのは言うまでもない。

ところで、岩泉町がこれほどの被害を出した中、同じ町内でまったく無傷だった場所がある。それが中洞牧場だった。

 ほぼ1日で8月1カ月分の平年雨量をはるかに上回る248.0ミリという豪雨の中、ほとんど無傷で台風をやり過ごした場所が岩泉町内にある。「中洞牧場」だ。

適正管理で更新した樹木の根が天然の土留めとなり、放牧牛が牧草をはんで形成した野芝が天然のダムになった。牧草地は未曾有の雨量を受け止めて台風が過ぎ去った後、1カ月かけて少しずつ排水していった。

町の惨状を目の当たりにした牧場主の中洞正さんは、山中に放置された倒木や切り倒したまま捨て置かれた間伐材が、被害の拡大を招いたと指摘。土砂災害や水害を最小限に食い止めるには、森を育て管理する林業の復権が不可欠と訴える。(7/28『河北新報』社説)

はからずも昨年の台風で、山地酪農における森林管理と、山間草原ノシバの支持力や保水力が証明されたわけである。

しかしこの荒廃山林、これからどうなるのだろうか? このような森は全国で拡大の一途をたどり、地権者の管理放棄だけでなく登記手続きも放置され山がたくさんある。民間シンクタンク「東京財団」の調べでは、30年後には全国で300万ヘクタール以上の山林が所有者不明になるという内訳は民有山林が約170万ヘクタール、共有林野が100万ヘクタール、耕作放棄地約40万ヘクタール。その総面積は南東北3県に匹敵する(!)

ところで、中洞氏の言説のなかで「山中に放置された倒木や切り倒したまま捨て置かれた間伐材が、被害の拡大を招いた」とあるので、切捨て間伐推奨の鋸谷式間伐推進派としては、誤解なきよう詳しく解説しておこう。

鋸谷さんは「切り捨て間伐の木を、玉切り枝払いして桟積みすることが危険である」と、過去に何度も力説していた。鋸谷式間伐も切り捨てだが、鋸谷式の場合は「強度間伐をして切り捨てた木を、玉切りも枝払いもせず、そのままランダムに重ねておく」ことで大雨でも滑ることがない。そして有効に光が射す強度間伐をすることで、草本や地面に深く根を張る陽樹が真っ先に生え、表土流失をくい止めるのだ。

さらにランダムな重ね積みは作業が省力的なだけでなく、自然の柵になって獣害を防ぐ役目もする。また、林床に陰影のある空間を作り、多様な動植物を呼び込む。

玉切り桟積みは見た目にはキレイだが、暗い人工林に弱い間伐では草も生えず、枝払いまでされて積まれた丸太は滑るのを待つばかりなのだ。だが、全国の多くの森林組合では、これまでこんな間伐処理ばかりしていたのだし、有名な林業家の多くもこのやり方を指導していたのだ。

一方でこの切り捨て材が滑る問題を指摘していた地方自治体の長や役人もいた。彼らは「だから切り捨て間伐はダメだ、伐った木は出して使え」という。しかし、木を道まで出すことがどれほど大変なことか知っているのか?

また一方では「切り捨てするくらいないなら間伐はしないほうがよい。間伐しなくても森は育つ」と言ったり書いたりしていた人がいたが、今では雨でスギ林が崩壊するたびに火消しにやっきになっているのが哀れを誘う。

私は一昨年くらいから囲炉裏暖炉の薪を探しに放置された里山に入ることがあるのだが、林内の枯れ木の多さには驚くばかりである。林床に散乱する枯れ枝ばかりではなく、枯れたまま立ち木で立っている木がかなりあるのだ。

何しろ有史以来、こんなに人が木質素材を使わなくなり、山に背を向けたことはないのであって、日本の山林はいま、あらゆる意味で世界の誰も経験したことのない曲面に立っている。

枯れ立ち木は葉も小枝も落ちて心棒だけで立っているので、台風の際にはやはり倒木となって滑る危険がある。私が通うGomyo倶楽部の活動地を見てもよくわかるが、このような枯れ木・枯れ竹は沢に落ち、流れをせき止めて土石流のきっかけを作るのである。

かといって、今どき背負い子をで枯れ木を運び出すような(私のような)物好きもそうそうはいないだろうから、健康な牛の乳で日銭を稼ぎながら、森林再生の手伝いをするという、中洞さんの薦める山地酪農は大変有効であると思う。

それが、あまりにも狂ってしまった日本の酪農を根底から変えるという大きな目標を掲げているところが素晴らしいのである。

『河北新報』社説 2017/8/27


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください