現代の牛乳と山地酪農


前に畜産の悲惨な状況を書いたが、では乳牛についてはどうなのか? 岩手で自然放牧の牛飼いをしている中洞正さんの『黒い牛乳』(幻冬舎メディアコンサルティング2009)という本を読んだ。これまた衝撃的な内容だった。乳牛もまた、肉牛の肥育にまったく同じなのである。飼料は輸入穀物(遺伝子組み換えトウモロコシが主)、そして密飼いである。

牛も豚も鶏も、みな輸入穀物飼料に依存しているわけだが、そもそも牛は草を食む動物だ。そのための特殊な構造の胃袋と消化システムを持っている。それを放牧せず狭い小屋の中で、穀物や配合飼料を食わせている。だから消化障害を起こしやすくなり、薬剤が使われたりする。そんな牛からしぼった乳が健康的であるはずがない。しかも流通と販売の利便さを追求するあまり過度の殺菌をする。

まあ、それらは予想できる内容ではあったが、驚いたのは著者の中洞正さんが岩手で自然放牧による乳牛を成功させている、その内容が目からうろこだった。たしかに私の子供の頃は、牧場で牛を放牧させている姿を見た記憶がある。昆虫採集で野山を巡っているときそんな光景を目にしたものだ。

しかし、今やあの北海道でさえ、放牧で牛を飼っている姿は少なく、乳牛に至ってはほとんどが牛舎飼いであるという。拙著『「植えない」森づくり』の草原についての考察でも紹介したが、全農が1987年に牛乳の乳脂肪分を3.5%以上と決めたとたん、放牧飼いは消滅した。草を食べていてはこの乳脂肪率に達しないからだ。

ある意味、アメリカの仕組んだ戦略に乗せられているわけだが、この畜舎飼いの経費は経営者を圧迫する。まず、輸入飼料の高騰がある。糞の始末も大変である。その他、設備費用も大掛かりで、経営者は常に借金に苦しめられる。

ところが、自然放牧だとエサ代はタダ。糞は山でしてくれるので掃除の必要なし。それどころか草の肥料にもなる。牛というのは寒さにも強く、岩手の厳冬期の雪の中でも外で夜を過ごすことができ、意外や急傾斜の山腹なども軽々と移動するという。

牛舎で密飼いすれば伸びる蹄(ひずめ)を切ったり、ツノを焼きごてで焼いて無くしたり(接触してケガがおきるなど危険なため)という手間もかかるが、それも必要ない。なにしろ外で自然の草を食べる牛は健康なので薬はいらず、分娩も牛が自分でできる。

だけど、日本の自然の山で、牛に適した牧草を維持することにムリはないのだろうか? 私は2004年の「山崎記念農業賞」の講演会のとき、研究者の藤森隆郎氏が林間放牧について否定的な見解を述べられていたので(草が安定せずトゲのある植物や毒草など牛が食べれない植物も多い・・・というような話だった)、それが頭にこびりついていたのだが、中洞さんによれば野外で生まれ育った牛たちはそんな草をきちんと選別し、ササなども大好物でよく食べるそうだ。

牛舎で生まれ、牛舎の中で一生を終えるひ弱な牛とは異なり、自然に育って生活する牛は、人が用意に入り込めないような急な傾斜地、深いヤブの樹林をものともせず入り込み、餌となる草をより分けて食べながら、草むらを踏みつけていく。手入れのとどかない山林の下草としてうっそうと生い茂るササなども牛の食糧だ。——中略——クズに覆われた山林も牛にかかれば急速に消えていく。(『黒い牛乳』3章 日本の山林に生きる酪農』)

そして、日本の山の表土の豊かさと降雨による草の繁茂はヨーロッパの比ではないので、1ヘクタール2頭という密度で買えば禿げ山になるようなことはなく、数年もすると山は一面ノシバになって安定するのだそうだ。

このノシバ「シバ/Zoysia japonica」は牧野に「山野路傍の日当たりの良い土地に普通な多年生草本である」と書かれている。各節から細いひげ根を出し、そのランナーで繁殖を広げていく。牛が他の草を食べることと、歩き回りながら体重で被圧することで、それに適応したノシバが山を覆いつくすようになるという。

実はノシバは私の家の庭にも生えている。アトリエの敷地はすべて土がむきだしで砂利すら敷いていないのだが、車がよく行き来する場所は草が生えず、そうでない場所はセイタカアワダチソウやクズやスゲ、ヨモギ、イタドリなどが繁茂するが、たまに車が入る場所や私がよく歩く場所にはこのノシバが多い。そして、このノシバがまた牛の餌に最適なんだそうだ。また山を崩さず案外保水力もある。

このような酪農は、実は日本で古くから行なわれてきた牛飼いのスタイルで、「山地(やまち)酪農」と呼ばれ、 植物学者の猶原恭爾(なおはら・きょうじ)博士 がその手法を早くから賞賛・提唱してきたのだそうだ。すなわち、「急傾斜地を含む日本の山地でのシバ主体の混生野草地での完全無農薬、昼夜放牧」である。

そして林業において最も手間のかかる夏の重労働「下草刈り」を牛にやらせることも可能だという。

行く手を阻むような下草を健康でおいしい牛乳に変えてくれる。私は「下草刈り」をもじって「舌草刈り」と呼んでいる。(同)

日本の山間地で、数等の牛を飼いながら、裕福とはいえないまでも豊かに暮らして行ける家業としての酪農。これは、山林や里山保全とリンクした酪農だ。

経験者として言うのだが、山地酪農は主流である近代酪農より確実に楽である。前述の通り、牛舎の清掃や糞尿や汚れた敷ワラの処理、餌やりなどが大幅に減るためだ。(同)

早くに子牛を母親から奪ってしまい、実際には20年の寿命のところを乳を多量にしぼるため、5~6年で廃牛となり、いまや牛乳は水やお茶より安く売られている。そんな牛乳に比べ、山地酪農で低温殺菌の牛乳は抜群に美味いという。

もちろん販路を自分で開拓したり、殺菌のための独自のミルクプラントが必要になったりするのでその先は容易ではない。しかし、近代酪農ではいくら経済性を追求しても海外の酪農に勝てない。日本の特性や資源を活用した日本ならではの酪農の確立こそが、国内酪農の生き残る道に思えてならない——と中洞さんは言う。

中洞さんと「なかほら牧場」はもはや時の人・話題らしく、自伝的著作もあり、YouTube動画も多数上がっている。

YouTube【山地酪農・中洞牧場探訪記】

後継者不足が深刻な酪農業界にあって、中洞さんの牧場には農学部の学生を中心に年間200〜300人の若者が研修に訪れるという(この中から何名かがすでに山地酪農を実践し始めているそうだ)。

酪農、ここでも、答えはすぐ足下にあった・・・。そのうち林業とリンクした事例が出てくるかもしれない。楽しみだ。

なかほら牧場HP


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