書評『自給再考』


なぜ自給率は低いのか?


先日『自給再考~グローバリゼーションの次は何か~』山崎農業研究所編(農文協)という本が送られてきた。あまりの面白さに送られた当日の深夜まで読みふけり、翌日には読了してしまった。10人の著者による書き下ろしで、執筆者の中には鋸谷さんの「山崎農業記念賞」受賞の際にお会いした小泉浩郎氏(山崎農研事務局長)や、民俗研究家の結城登美雄氏、キューバの自給農を紹介したことで知られる吉田太郎氏などがいる。

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この地球規模の環境・食料危機が叫ばれる中、日本の食料自給率の低さ、その食の安全性が問われ続けているが、大マスコミはセンセーションを煽るだけで、その根本原因がどこから来ているのか? 対抗文化はないのか? その本当の処方箋は何か? を語れない。大マスコミはスポンサーがなければ成り立たず、上の階層にある司令塔は情報を制御(操作)していると考えたほうがよい。そして「このままではいけない」「何かがおかしい」と漠然と考えながら、真実の情報と生き方を模索している人は相当数いる

ショッピングモールに踊らされる人たち


私自身は自給的な生き方を目指して山暮らしを始めたのだが、ここに来るずっと前から、そしてここで囲炉裏の火を見つめながら思索と実践を繰り返している。自給率というけれど、みんながみんな生産カロリー効率の悪い肉を食い、化石燃料のエネルギーにこれからも頼り切るという前提での計算であるとしたら、それは根本がオカシイのであって、まずそこを正さなければならない。

先日、伊勢崎にできたばかりの北関東最大級というショッピングモールをみてきた。私が群馬に越してわずか数年の間に、高崎E、前橋Kができたわけだが、その前にもすでに太田にはEとJがあった。それだけではない。隣接する埼玉の本庄近くにはやや小ぶりながらも二つのショッピングモールができている。これは市民が望んで出来た施設では決してない。経営陣には周到なマーケティングがあり、どのようにローインパクト&地域振興をも装いながら商売していけるかまで計算されているのだ。

われわれはそのコマセ(寄せ餌)に群がる悲しい魚のごとくである。しかし本当は、人工飼料のコマセなど食べる必要はなく、浅瀬にいけば海草が生え天然自然の魚介があり、それを育てながら採る、健康に生きる文化を持っていたのだ。あの広大なショッピングモールの売り物の中で、私たちが真に美しく健康に生きるために、本当に必要なものはごくわずかしかない。たとえば、医薬品・化粧品・洗剤類のたぐいや、華美な衣食住アイテムはほとんど不要である。それらは地球のどこかを搾取し破壊しながら作られ、廃棄するときも土地を汚染していく。私たちはその情報を遮断され、マインドコントロールの中で買わされいるにすぎない。

豆の重要性


さて『自給再考』に戻ろう。執筆者の吉田氏の文章の中で、中南米の何十万もの貧しい農民が参加しているカンペシーノ(百姓)運動の話は面白かった。この運動の中心に豆の栽培がある。豆は食料をもたらすだけでなく畑に肥料をまく必要がなく逆に窒素を固定して土をよくする。ここでの豆はハッショウマメという種類で食用ではなく畑に地力増進やマルチ用のものだが、タネは種子企業から買う必要がない。

私は都会に暮らしていたときに丸元淑生氏の料理本で豆の重要性と新しい食べ方を学んだ。その後、実は世界中の田舎では、豆はタンパク源としてかなり食べられていることを知った。パリやロンドンを旅したとき豆のサラダが当たり前のようにお惣菜として売られているのを見て驚いたものだ。豆は穀類と食べ合わせると肉のタンパク価に近づく。肉食を減らすには、豆は重要な食材・栽培品目なのだ。

豆は痩せ地でも無農薬・無肥料・不耕起かそれに近い栽培法で簡単にでき、タネを自給しながら土地を良くし、しかもその豆は土地に合ったものに変化していく。日本では味噌という形で大豆がどこでも大量栽培・消費されていた。醤油、納豆、豆腐、など庶民の食の基盤だった。小豆は祭りの節目に必ず食べられた。

ところが都会では豆は買いにくい。無農薬天日干しの地豆がスーパーで売られていることは皆無だし、自然食品店で買えば高い。料理も面倒なことは面倒だ。薪火のある山暮らしでは、火鉢の上に豆の鍋をかけておけば、実にいい火加減で豆が煮えるし、水がいいので豆もやしも美味しい。わが畑では大豆と白インゲンと小豆を毎年少しづつだが栽培している。このタネは地元の老人から貰ったものである。山村では、今でもかなりの人たちが地豆を栽培し、自家消費しているが、そんな話題が論点として大マスコミを賑わすことは決してない。

それは植民地主義(奴隷労働)から始まった


この本の思想的な部分では関曠野氏の「貿易の論理、自給の論理」が重要だろう。自給が語られる前に貿易とは何か? に戻らねばならないが、いまの自由貿易の基盤は、中世ヨーロッパ人の暴力的な植民地主義から生まれ、奴隷労働を得て莫大な利益を得たことから始まる。それが固有の土地の生活様式や自給構造を破壊し、同時に近代的個人主義あるいは「未知の商品への新しい需要をかき立てる」貿易を生み出したのだ。現代日本のショッピングモール隆盛の原点をたどるならここに帰着する。

ヨーロッパはその気候風土の制約から稲作ができない。麦とジャガイモでは限界があり、木を伐って牧草地をつくり牧畜をする。裕福層は肉食中心になり、冷蔵技術のない時代は保存に胡椒などのスパイスが必要になった。よく「胡椒と金は同じ価値だった」などといわれても、私たちはいまいちピンとこないが、

「ヨーロッパは自らの風土では栽培できない異国の産物を日常的かつ大量に必要としたという点では全く例外的な地域なのである」(同書P,26)

「コロンブスの航海目的のひとつも香辛料が目的だったが、それはやがて新世界アメリカの略奪と植民地化に帰結する。スペイン人のアステカとインカの虐殺によって得られた大量の金銀が、ヨーロッパの通貨流通量を飛躍的に高め、彼らにとって未知の商品だったタバコや砂糖への指向も生まれた。一方、新世界に入植したヨーロッパ人はその生活様式を維持する物資が要ったので、大西洋を挟んで無限に拡大する市場が生まれた。この市場は黒人の奴隷労働で成り立っていた。豊富な資本と安価な労働力、これが現代の貿易の原型である」(同書抜粋)。

この事実から解答を引き出すなら、未知の商品に惑わされることなく、固有の土地の生活様式や自給構造に戻ること、だ。それは現在の技術の良い所をちょっと利用すれば昔よりもかなりラクにやれるのではないだろうか。それにしても、他人の土地を奪って奴隷労働させてまでラクな暮らしをしたい人はどれほどいるのだろうか?

メイドと暖炉


先日DVDで『スイング・ホテル』という1940年代の映画を観た。大きな屋敷に黒人のメイドが出てきた。暖炉に大きな炎が上がるシーンに目を惹かれた。暖炉は裸火なので、囲炉裏のように薪の消費量が少ないのかな? などと考えてはいけない。あれだけの炎を常時立てるには、そして煙を外に引いて外に出すには、大量の薪を燃やさねば、大きな部屋の暖はとれまい。

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大量の薪を消費する暖炉や豪華な薪ストーブは、大量伐採で木が得られる開拓(収奪)民の文化であり、彼らは木の処理に困るほど木を伐ったがゆえに、暖炉や豪華な薪ストーブを発達させたのではないだろうか? 私は山で囲炉裏にけぶりながらそんなことを考えた。

直売所と半農半X


そしてこの『自給再考』には希望も見える。結城登美雄氏の描く「自給的農家」の台頭だ。農政によって切り捨てられた小さな自給的農家が産物を寄せる「農産物直売所」の売り上げが、推計で年間6,000億円以上(東北三県分の農産物生産額に匹敵)という数字は勇気づけられる。

また塩見直紀氏の提唱する「半農半X(エックス=天職)」という生き方に共鳴する人たち(20代から40代が多いという)やその実践者が増えていること。半農半Xとは

「持続可能な農のある小さな暮らしをベースに、天与の才(得意なことや大好きなこと)を活かし、社会的な仕事をし、問題を解決すること」(P.131)。

そんな若い人の出現や、年寄りたちが宝として蘇ることが頼もしい。

「桜沢如一さんのマクロビオティック料理を習い、奈良の川口由一さんのもとで自然農を学び、大好きなことを仕事にしている若い人に最近、よく出会う。もしかしたらこれは二一世紀最強の公式ではないか。いまそんな視点でこの日本を見ていくと、小さな芽があちこちに出ている」(同書抜粋)。

私もそう思うし、その芽を大きく育てたいと心から思う(ただし、プロとして一つの職業を極めるのに「半X」という感覚は甘い、ということは付け加えておく)。

ともあれ『自給再考』は時代の先端を行く多くの読者の心を揺さぶるだろう。そしてこの書をさらに発展させたい。本当はこの地球にはすべての人間にたっぷり与えるだけの十分な資源がある(あの麗しき大地アフリカが「飢餓大陸」とは、なんて悲しいんだろう!)。笑顔で田畑に生きる一方、そのまやかしを明かして皆が声をあげ、行動するときは今、だ。

▼ドングリ粉入りホットケーキと梅ジャム

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コメント

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